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はじめまして。
感じる事を書きたいと思います。
自分に自信(=生きる力)がもてないと感じていらっしゃるのですね。
自信は、何かで困っている人にあなたが力になってあげられて、その相手が心から喜んでくれたときに、あなたの心の中に生まれます。要するに、奉仕です。お節介や自己満足のために行う奉仕ではありません。あなたが道を歩いていると、とても困っている様子の人が目の前に現れ、その時、あなたの心の中から「この人は困っている、私が手を貸せば何とかなるかも!、この人を助けたい・・・」という気持ちが純粋に生まれたとき、それに対して自ら行動を起したことによって、問題解決につながり、あなたが手助けした相手の人が心から感謝してくれたとき、必ずあなたの心の中に「生きる力」【自信】が生まれます。
ただし、自分の目の前にいる困っている人を「助けたい」と 純粋 に思っていなければなりません。そこが、非常に重要です。余計なことを考えずに、心から、その人を助けたい、その人の力になりたい、と思っている状態でなければなりません。しかし、多くの人は、それを純粋に思うことができないのです。余計なことを考えてしまうのです。そのほとんどの多くは、エゴ(自我)の思いであります。目の前の人を助けたいと思いつつも、心の裏では、『見返り』を求める思いをもっているのです。見返りとは、お金であったり、尊敬されたいという思いであったり、優劣の思いを入れたりなど、一言でまとめると、エゴ(自我)です。それを、取り払わなければなりません。それを取り払わなければ、あなたには、自信(生きる力)が心の中から生まれてこなくなります。
それら見返りを取り払い、自我(エゴ)の思いを入れずに、困っている人を心から助けたいという思いで、行動に移したならば、必ず、生きる力(自信)が体の中から生まれてきます。「あなたがいてくれて、本当に良かった」「あなたのおかげで、とても助かりました、本当にありがとう・・・!、感謝してます!、とてもうれしい・・・。」と、心からあなたを思ってくれる人がそこで一人増えるのです。たとえ、そのようなことを口では言えない人でも、心の中ではとても感謝しているのです。ちょっとした事であなたに助けられたりした人は、きっと、「あなたの側に居たい」「あなたが居てくれるだけで、とても心がほっとする」「あなたに会いたい・・・。」と純粋に思うでしょう。
例えば、反対の立場で考えてみればよく解るかと思います。あなたの方が困っている人で、純粋に本当に困っている状況の時に、誰か他人が見返りなど求めず、ただ純粋にあなたの力になりたいという思いで、力を貸してくれたときのことを思い出してもらえればよいかと思います。例えば、死にそうなくらいすごくお腹が空いていたときに、おにぎり1個を与えてくれた人がいたとします。そのとき、心では感謝の気持ちで一杯になります。それと、おにぎり1個を恵んでくれた人に出会えたこと、心配してくれる人がいたこと、おにぎりという食べ物が食べられた事、あなたのことを気にかけてくれたことなど、沢山の感謝と喜びの気持ちが生まれてくるはずです。そのとき、とても嬉しかったはずです。そこで、気持ちを切り替えられて、あの時、こんなに嬉しかったのだから、自分も誰か他人に、この前の私のように困っている人が居たら、声をかけてあげたい、少しでも何かできることがあれば力になりたいと純粋に思えることでしょう。
自分の力が、誰か他人の喜びに繋がったとき、必ずあなたの喜びにも繋がりワクワクしたとても優しい温かな気持ちになれるんです。そのときそれと同時に生きる力(自信)が体の中から湧いてきます。そのように、私達の世界は造られているのです。それらを感じてみてください。彼氏が何人もいたことや、ナンパされたことなど、大金をもっていること、ブランド品を沢山所持している事、良い自動車を持っていることなど、これらは本当の意味の「自信」にはなんにも繋がらないものです。いくら、物質的なものに執着しても、いくら大金を抱えていても本当の意味の自信はなく、それで満たそうとしている人はどんどんもっと大きな物に手を出そうと考え、もっと大きなお金、もっと良い車、もっと良い彼氏、もっともっとと、一時的な自信ばかりを満たそうとしているだけなのです。これではいつまでたっても、本当のものを身につけることができないのです。この枠にはまると、あなたを見る周りの人は、心からあなたのことを好きでもないのに軽い気持ちでナンパできたり、あまり本気に考えなくても簡単に告れるのです。体の関係だけのために利用しやすい人に見えてしまうのです。
もし、純粋に生きる力(自信)があって、とても心が綺麗な人がいたとしたら、その人には軽い気持ちでナンパなんてできないし(自分の方が劣っていると感じ、とても美しくてこんな自分にはとても手の届かない相手だ、と感じて、初めから傷つきたくないからナンパなどできないと感じる)、声をかけるだけでも、ものスゴイ勇気がいるのです。もし、そのように生きる力に満ち溢れている人にパートナーがいるとしたら、その間にはとても奥深さがあります。お互い離れ離れになっても永遠に通じ合うのです。簡単に手に入る小さな喜びに満足するのも良いですが、簡単にはいかない大きな喜びを感じるための勇気も大切であると感じます。そこに、今あなたが求めているものが隠されているはずです。
これこれこうなりたい、そう思ったときに、自分の心に問い掛けて返ってきた答え「こうすれば良い」という内容を大切にして、そのなんとなく感じるイメージを大切にして、自分の心で生み出した方法を大切にしていけたら、必ず良い方向に進みます。もちろん、困難はやってきますが、それを乗り越えようとしていく過程において、自分の心に自信もつくようになっていきます。「こうすれば良い」と浮んだ方法に自信をもてなくても、それを信頼して行っていけば、やがて自信をもてるようになってきます。自分で考えようとせず、誰かの意見をそのまま取り入れて誰かの言うとおりに困難を解決しようとすると、結局自分の力にはならないのです。困難という壁を乗り越えるときに、いつも誰かに手を貸してもらおうとしていると、結局誰かが手を貸してくれないと乗り越えられなくなってしまうのです。そして、悩み(困難)のたびに、誰かに解決方法を求めたり、誰かが手を引っ張ってくれるまで先に進もうとしなくなって、自分で進めなくなってしまう心になってしまうのです。ですから、インターネットなどで意見を聞くときもそのまま受け取って実行するのではなく、あくまでも自分自身で解決するうえで良い方法を判断するための題材の1つであるというふうな気持ちで受け取るようにすることが大切です。
誰かに頼ってそのままその誰かの方法で解決していたのでは、心の成長ができないでいて、やがて生きる力を失ってしまいます。だから、どんどん自分の心に浮ぶ方法を信じて、失敗だってすることだってありますが、自分のことなんだから罰則なんて全然無いんだから、心に浮ぶ方法をどんどん挑戦していけたらよいかと思います。
(あなたに当てはまらない部分があるかと思いますが、何か感じていただけたらいいなと思っています。多少、厳しい内容もあったかもしれませんが、おおめにみてもらえたら嬉しいです。)
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