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おもちさん、お返事ありがとうございます。
>私も、きれいな花や、太陽の光を、とても神秘的に思います。
>見たり感じたりすることは、うれしいし好きです。
>それは、私がきれいな花や太陽を愛しているということなのでしょうか。
>
>「愛する」とは、そういう捉え方で十分なのでしょうか。
>私は、それらに何もこめることができていないのですが、
>それでも「愛して」いるのでしょうか。
>
>テレビでペンギンを見て、とても愛らしいと思ったのですが、
>それも「愛」に入りますか?
愛には、いろんな態様があるのだろうと思います。
無条件の愛、無限の愛、普遍的な愛、もあれば、
愛(め)でる、うれしく思う、
親切にしてもらう、うれしくしてもらう、気持ちよくしてもらう、
喜んであげる、親切にしてあげる、
あるいは、見返りを求める愛情、などなど。
実はね、イヤなことをしてくれる人、腹の立つことをしてくれる人、
イヤな出来事、辛い出来事、
これも、そのあとの喜びを大きくしてくれる「愛」なのかも、と気づけば、
神さまが先回りして、あちこちに愛をちりばめて置いてくださっているのが、
見えてくるのかな‥‥?
神さまだって、実は私たちを通して、喜びを感じたいのですよ‥‥!☆(^-^*)☆
ほんとうは、結果が成功しなくてもいいし、急がなくてもいいし、
神さまが全部準備してくださるから、神さまを信頼して、
出来事を味わって楽しみながら、みんなと楽しみながら、神さまと楽しみながら、
自分のなすべきことをきちんとしていけばいいのですけどね。
そうすれば、神さまと友だちになれて、次は天や天界に生まれるでしょうね。
成果、成果!スピード、スピード!と結果を求めて生きていると、また次は人間か、せいぜいが阿修羅天界なんですけどね。(^^;)ゞ
クリシュナより☆(*^-^*)☆
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