|
>礼儀には反するかもしれませんが、その相談者にとって、
>真剣に悩んでいても、たとえ顔を見られなくても、
>真剣だからこそ、表現に照れだったり、そう表現する方が楽だったり、うまく表現できず人が見たら抽象的だったりすることがあると思うんです。
>だから根無し草さんにどうこうしてほしいんじゃなくて、そう思ったから意見させてもらいました。
上手く表現できないために抽象的になるのは仕方がないこととしても、やはり顔文字やギャル語の乱用はいただけませんね。たとえ本人にその気がなく、単なる照れ隠しだとしても、我々は友人同士という関係にはありません。
顔文字を使わなくても文章はできます。当たり前のことですけど。ギャル語も間違えてしまって1語や2語使ってしまったのらばともかく、乱用の域に達するとやはり相手の悩みの深刻さというものを疑います。
何故私がここまでうるさいかといえば、文字の世界だからです。文字に書かれている内容でしか判断できません。逆にいえば、調査できない以上、文字に書いてあることは額面通りに解釈し、受け取ることになります。
となれば、ギャル語を使っている人にはそれなりの真剣さしかないのだなと判断してしまいますね。
一例を挙げてみましょう。
・私が思うには貴方は少し甘いのではないでしょうか。
・私が思うには貴方は少し甘いのではないでしょうか(笑)
・私が思うには貴方は少し甘いのではないでしょうか(´▽`)
・ワタシ、思うんですけどぉ、ちょっとぁまぃんじゃなぃですかぁ?
さて、貴方はこの3文を読んでいてどう思いましたか?
書いた側にとっては同じような内容を書いたつもりであっても、読む側にとってはかなり違って見えないでしょうか?
1番と2番の文の違いは(笑)を使ったかどうかだけです。
これだけでもかなり違います。
|
|